緑蕪堂日記

現状を追認しない

ジジェクおじさんアメリカ大統領選を語る

アメリカ大統領選が目前に近づいているが、個人的にはテレビを余り見なかったせいか、それとも両候補の泥仕合にうんざりしたのか全く大統領選と言われてもピンと来ない。これには前回オバマ大統領が選出された時があまりにドラマチックだったこともあるだろう。

大統領選の記事の関連記事欄に「クルーズ氏、ヒラリー氏が優勢か」という一年前の見出しを見て一瞬クルーズって誰だっけ・・・となったあたり隔世の感がある。それほど”予想外”だったトランプ氏の台頭だが、彼を単なる粗野で下品な成金と見なすことは最早できないだろう。彼をここまで押し上げてきたアメリカのムードは21世紀が孕む問題を早くも析出させたものだからだ。そんな事情を我らが革命大好きジジェクおじさんが熱く語っている動画がなかなか面白かったので意訳混じりに訳してみた。

——あなたがアメリカ人だったら誰に投票しますか?
——トランプ。私は彼に懸念を抱いているが、ヒラリーこそ真に危険だと考えている。なぜか?彼女はとても我慢ならない、全てを包括する連合を作りあげたからです。たとえば私がトランプに完全に同意したのは、あのバーニー・サンダースがヒラリーを支持を表明した時の彼の発言*1だ。彼はそれを欺瞞であると言い、オキュパイ・ウォールストリートの参加者がリーマン・ブラザーズを支持するようなものだと言ったのです。

(中略)どの社会においても如何に政治を動かし、コンセンサスを確立していくかという不文律のネットワークの総体が存在します。トランプはこれを撹乱しました。そしてもしトランプが勝てば、共和党民主党の二大政党が共に基本に立ち返り、自省しなければならず、多分何かが起きるのではないのでしょうか。
これは私のトランプが勝利した時のやけっぱちな、どうしようもないほど絶望的な希望だとして聞いてほしいのですが、アメリカがまだ独裁的な国でなく、彼がファシズムを持ち込むことはない。これこそ大きな覚醒といったものになりうるのです。新しい政治のプロセスが生まれはじめ、引き起されるのではないだろうか、と。
(中略)だが事態は今、非常に危険であるというのは良くわかっています。白人至上主義者たちだけでなく、トランプ自身が口にして憚らない上に、そうした見立てがあるので彼はおそらくやってしまうだろうが、アメリカで最高裁がどれほど重要かご存知でしょうけど、彼はそれに右翼的人物を指名すると言っているのです。そうした危険があるのですが、ヒラリーがこの独裁的な流れに乗ってしまうことを私が最も恐れているのです。なぜなら彼女は冷戦支持者であり、銀行と癒着し、社会進歩主義者のふりをしているから。(終わり)

 

ジジェクは自由と正義の名の下に散々えげつないことをやってきたアメリカという国と、外面の良いクリーンなイメージのヒラリー氏の間に相似、あるいは一体化を見て取っているのだろう。そしてトランプが作り出した強大なリーダーシップを求める流れを隠れタカ派であるヒラリー氏が利用する事態を最も懸念している。まあいかにもジジェクおじさんが言いそうなことである。

日本においても、誰が頼んだわけでもない、降って湧いて来たTPPが”賛成多数”で速やかに可決された一方で、以前より問題になっている少子化対策や労働問題は遅々として進んでいない。このような話は裏では外交であるとかロビイングであるとか表に出てきにくい政治力学で物事が進んでいるわけである。日本では論外という風潮があるトランプだが、こうした不文律をぶち壊してくれるのではないかという淡い期待は十分理解できるものではないだろうか。

*1:Bernie Sanders endorsing Crooked Hillary Clinton is like Occupy Wall Street endorsing Goldman Sachs.