超幾何微分方程式と局所大域原理
はじめに
これは
Math Advent Calendar 2017 - Adventar
の17日の記事です。
前口上
微分方程式論には数論の研究者が数多くの貢献をしている。全ての数学がひとつであったGaussやRiemannの時代はさておき、モダンな所ではリーマン面上でのRiemann-Hilbert対応に関する一連のDeligneの仕事*1や、Fuchs型の常微分方程式の分類理論に関するKatzのrigidityの理論*2など。最近では不確定特異点の分類に関するKedlayaの仕事*3や、Katz-Laumonによって導入されたWeil予想で用いられるFourier変換を複素解析へ輸入した結果*4など、様々な仕事がなされている。
以上の結果は70年代にDeligneが«病理的に»考えていたという進perverse sheafとholonomic D加群(より具体的には数論のwild ramificationとやらと微分方程式の不確定特異点)との類似にまつわる研究である。今回はもう少し初等的だが、Beukers-Heckman*5による数論と微分方程式論が交錯する不思議な定理を紹介したい。超幾何微分方程式のパラメータをどのように与えれば代数解が得られるかという問題に対する回答である。
局所大域原理
専門外なので僭越ながら局所大域原理(またはHasse原理)についてざっくり説明すると、方程式が有理数解を持つかどうかを調べるのに、と、ほとんど全ての素数について上での"局所"解を持てば、元の方程式も上で解("大域"解)を持つだろう、という数論の人々に深く信仰されている指導原理である。加藤和也御大流に言えば、「素数さんたち(局所体)が力を合わせれば大域体と同じだけの力を持っている」、といった所か。
「原理」と呼ばれるだけあってこれが実際に成り立つかどうかは場合による。三次形式の場合など古くから反例がいくつも知られている。聞く所によれば不成立の度合いを、素因数分解の一意性の障害であるイデアル類群や、Tate–Shafarevich群、Brauer-Manin障害なるものを使うと測れる、というアイデアがあるそうだが、統一的な理解にはまだ及ばないようである。
この局所大域原理の考え方を(常)微分方程式に敷衍したのがGrothendieck–Katzのp-曲率*6予想である。線型常微分方程式が代数的な時、すなわち係数関数が代数関数であって、各係数も有理数であるとき、前述の代数方程式の場合と同様に解の代数性が判定できるだろう、というものである。微分方程式は線型の場合ですら最も簡単な部類の方程式、例えば
の解はご存知の通り超越関数となるので、解が代数関数になるのは只事ではない。
超幾何微分方程式
ここではポッホハマー記号である*7。
特にはGaussの超幾何級数である。対数関数や楕円積分などはGaussの超幾何関数で表す事ができる。より一般の型の超幾何級数を用いれば三角関数や指数積分など、多くの初等関数や特殊関数を表すことができる。これらはほとんどGaussの手によって計算され得られた結果だそうだ。
オイラー作用素に関する単項式の微分を考えると次の公式を得る。
ここでは(形式的な)多項式である。この公式から超幾何級数が満たす線型常微分作用素
が得られる。を(一般)超幾何微分方程式と呼ぶ。一般の型の場合は特異点に不確定特異点を持つ場合がある(合流型が典型)。型の場合、の場合であるGaussの超幾何微分方程式と同様、全ての特異点が確定特異点となる階のFuchs型の微分方程式となる。以下ではBeukers-Heckmanに合わせて超幾何級数の分母のの部分もパラメータとした場合に相当する次の微分方程式を考えることにする。
階の線型常微分方程式にはn個の線型独立な解が(genericに)存在するので、超幾何級数の他に個の「見えない」解が存在することになる。これら全ての解が代数的かどうかを微分方程式のパラメータを見るだけで簡単に判定できる、というのがBeukers-Heckmanの結果である。
での特性指数*8はGaussの超幾何微分方程式と同様、それぞれで与えられるので、モノドロミーはそれぞれで与えられることになる。
この微分方程式のモノドロミー群であり、の固有値の集合をそれぞれとする。モノドロミー群が既約になるようにgenericな仮定としてをおく。このときの周りのモノドロミーは(この性質を複素鏡映と呼ぶ)をみたす。逆に、各固有値としてを与え、これに対応する随伴行列をとり、と置けば、は複素鏡映となり、対応する超幾何微分方程式を得ることが出来る。この辺の議論はKatzのrigidityにも関係あるが詳細は割愛。
定理
パラメータの集合が変換 について不変であるとき、非退化でモノドロミー不変なエルミート形式が存在する。
定理
とし、となるようにとり、(適当に添字を入れ替えて)添字に関して単調増大になるようを取る。このとき符号は次で与えられる。
ここで とした。
この定理から、このエルミート形式が定値であるのと、が交互に並ぶのと同値である。このような状態をiteratedと呼ぶことにする。
系
モノドロミー群がiteratedであるのとユニタリ群の部分群であるのは同値である。
主定理
パラメータが1のべき根であり、を
となるよう取ったとき、モノドロミー群が有限群であるのと、と互いに素な任意のに対して集合がiteratedであるのは同値である。
モノドロミーが有限群ならば解は全て代数関数であるので、超幾何微分方程式の解の代数性がmod p reductionと固有値の円周上での配置というよく解らない謎情報で判定できることがわかった。これによりGrothendieck–Katzのp-曲率予想の特別な場合が示された事になる。
最後に
Beukers-Heckmanの原論文ではこの後具体的にパラメータを与えて微分ガロア群を求めて分類作業を行っている。こうした結果は保型形式の理論とも関係するようだが*9、自分には追いきれていない。
自分がこの論文よ読むきっかけとなったのは、tt*-Toda方程式において不確定特異点を持つ場合(モノドロミー行列の代わりにStokes行列が出てくる)でも似たような現象が知られるようになったからなのだが、この辺りの話はまた長くなるので割愛させていただく。
mod p reduction元の手法は微分方程式論でも度々顔を出す。古くはKatzによる
Nilpotent connections and the monodromy theorem : applications of a result of Turrittin
において、特別なPicard-Fuchs方程式の特異点が確定であるかどうか(これはa prioriには解の増大度に関する解析的な条件である)がmod p reductionで判定できることが示されている。最近では望月拓郎先生による不確定特異点の変わり目点の解消においてもmod p reductionの手法が用いられている。
自分は数論をプロパーにやっているわけではないので恐縮だが、この記事で数論と微分方程式論が交錯する不思議さと面白さを感じ取ってもらえれば幸いである。
*1:LNM163 «Equations différentielles à points singuliers réguliers»
https://publications.ias.edu/node/355
Singularités Irrégulières: Correspondance et Documents | Mathematical Association of America
*2:オリジナルは
https://web.math.princeton.edu/~nmk/wholebookRLScorr.pdf
で、より解析学テイストにまとめられているのは原岡先生の本
http://www.sugakushobo.co.jp/903342_91_mae.html
*3:
[0811.0190] Good formal structures on flat meromorphic connections, I: Surfaces
*4:Bloch-Esnault
や、Sabbahによる講義録"FOURIER TRANSFORMATION OF D-MODULES AND APPLICATIONS"
http://www.cmls.polytechnique.fr/perso/sabbah.claude/livres/sabbah_chicago1205.pdf
*5:
EUDML | Monodromy for the hypergeometric function nFn-1.
*6:通常の微分方程式は上の平坦接続、すなわち曲率がゼロな接続と見なすことが出来る。これの標数正のスキームのベクトル束における類似物がp-曲率である。記号を書くのが面倒なので詳しくはwikipediaを参照されたい。
*7:収束性に関してはnとm+1の大小での場合分けで考えると頭の体操になる。
*8:解の局所的な挙動、特にモノドロミーに寄与する
*9:例えば