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緑蕪堂日記

現状を追認しない

Katzのrigidityはオイラー標数 そして幾何学的ラングランズ対応へ

数学

自分の所属している研究室では「カッツ」と言うとまずKac-Moody代数のVictor Kacを思い浮かべる人しかいないのだが、数論で有名なNicolas Katzも微分方程式論に重大な進歩をもたらした。Katzのrigidityの理論は久々に数学をやっていて深い感銘を受けた理論なのでここに紹介してみたい。

詳しい歴史的な経緯については原岡先生の超幾何学校2014の講義録

http://www.math.kobe-u.ac.jp/HOME/taka/2015/hgs-note/04-rigid-sjis.pdf

を参照されたい。

かいつまんで話すと、ガウスの超幾何微分方程式に代表されるように、特異点が全て確定型であるFuchs微分方程式に対して、局所的なモノドロミーから一意に大域的なモノドロミーが決まってしまう物を昔からrigidと呼んでいた。局所的なモノドロミーの理論は19世紀に終わっている話だが、大域的なモノドロミーは本質的に解析接続の問題なので一般には難しく、現在でも大域的なモノドロミーを求める一般的な計算法は未だ知られていない。

Rigidであるということはどういうことかというと、各特異点のモノドロミー行列の共役類の組を与えたとき、この組を共役による作用で割ったモジュライ空間が1点になるということである。

Fuchs型の方程式に限ってもrigidか否かという大まかな分類しかなされてなかったが*1、Katzによる1996年の«Rigid Local Systems»*2において定義されたrigidityにより、方程式の「むずかしさ」を数値的に求めることが出来るようになった。\mathbb P^1から有限集合Sを抜いた開集合をj\colon U\rightarrow \mathbb P^1とおく。 \mathcal FU上の局所系とすると、\mathcal Fのrigidityをオイラー標数

\chi (\mathcal F)=\sum_{i=0}^{2}H^i(\mathbb P^1 , j_*\mathcal E \textit{nd}(\mathcal F))

により定義する。j_\ast \mathcal E \textit{nd}(\mathcal F) はモノドロミーの層というべきものであり、U, Sコホモロジーを分けて表現論的な考察をすることによりrigidityは具体的に計算出来て、\mathcal Fに対応する基本群の表現行列を\{A_i\}_{i\in S}とすると\chi (\mathcal F)=2-\sum_{i\in S}\dim Z(A_i)と具体的に計算できる。

この結果を微分方程式ときちんと対応させるには非共鳴的であるとかの条件が必要だが、大まかにはこんな感じである。オイラー標数といういかにも不変量然とした量がかなり具体的に計算できるのはとても強い。

 

局所系が既約である場合に、このrigidityが2に等しいこと(cohomologically rigid)と大域的な局所系が一意に定まること(physically rigid)が同値であるというのがKatz(-大島)理論の基礎となる定理である。この後addittionやmiddle convolutionという操作によりrigidityを保ったまま階数を一つ減らすことが出来、階数1という簡単な場合に帰着させることが出来るというのが理論の大筋である。

 

 

そしてNHKの白熱教室でお茶の間にも有名になったEdward Frenkelさん(とGross氏)が「ふたりのカッツ」*3アトリビュートした論文を書いている。

[0901.2163] A rigid irregular connection on the projective line

これはKatzの仕事の不確定特異点の場合への拡張で、幾何学的ラングランズ予想で重要なoperをある程度システマティックに構成できるというものである。

KatzとSGA7.II«Groupes de Monodromie en Géométrie Algébrique»の共著者であるDeligneは«Singularités irrégulière: correspondance et documents»*4において「70年代ごろ、不確定特異点をもつベクトル束の接続について«病的»に考えていた。」と述べている。70年代のDeligneの仕事といえば混合Hodge理論やWeil予想の解決が有名だが、こうした仕事の裏では平坦接続の不確定特異点\ell進層の暴分岐との類似が考えられていた。Deligneは70年に«Equations Différentielles à Points Singuliers Réguliers»において後の一般的なholonomic D加群に対するRiemann-Hilbert対応のプロトタイプとなった代数多様体上の平坦接続に対するR-H対応を打ち立てた。ある意味片手間で微分方程式論の大きな理論的基礎を与えている辺りDeligneの鬼さ加減が垣間見える。こうした問題意識が(幾何学的)ラングランズ予想という(自分ではふわっとした理解すら出来ていない)巨大プロジェクトに収斂していくのは趣深い。

*1:Rigidでなくとも特別な事情によって大域的なモノドロミーがわかるものが大久保氏などの功績により散在的には知られてはおり、その後の微分方程式サイドでの理論の進展の礎となっている。

*2:https://web.math.princeton.edu/~nmk/wholebookRLScorr.pdf

*3:ふたりは同い年で同じ12月の生まれらしい。

*4:Malgrangeを始めとする微分方程式の研究者との書簡集